日本コストエンジニアリング株式会社  Nippon Cost Engineering Inc


■原価とコストの違いについて


◆ 我々は,こうしてネットを使っているときでも時間とともに費用をどんどん発生させている。そして結果として「これだけかかりました」と取りまとめる。これが「原価」である。一方,ネットを使って「情報を処理する」という機能に対しては,「これだけの費用をかけるのがベストである」あるいは「これだけでなければならない」と指向するのが「コスト」である。双方は厳然とした概念の違いがあるので,コストエンジニアリングの研究をするには,これらについて次のように良く認識しておく必要がある。


■原価についての理解

 企業が半期、1年といった一定の期間、生産活動をした結果、利益があったのかなかったのか(損益計算書)、財産価値は増加したのが減少したのか(貸借対照表)、それらの内訳はどうなっているのか(原価明細書)等々をまとめ上げたのが財務諸表なるものである。これらは、財務会計的原価ともいい、基本的なルールを簡単に述べると次のようになる。
 1.材料費の扱いについては、現在の原材料市況にかかわらず材料原価を算出する場合は、
  取得した価格で評価して良い。 
 2.材料の使用量については、定まった期間内の購入量と実際の使用量で評価してよろしい。
 3.作業時間については、一定期間内に製品生産をした結果から導きだされた時間、工数な
  どの実績時間をもって評価してよろしい。
 4.加工費率(賃率)については、職場別、工場別に発生した費用を一括して集計し評価してよ
  ろしい。
 5.設備価格の評価は取得価格をもとに定率法で処理してよろしい。
 6.耐用年数は法律で定められているを法定耐用年数を用いて評価してよろしい。

 こうした前提条件でまとめられたものが、過去原価あるいは「かくあったコスト」と呼ばれ、管理の目的が企業外(株主、銀行、税務署など)に向けた報告書となるのである。

  これら原価明細なる内訳は,企業が生産活動を通した結果に対し実際の費用発生を追認したもの,つまり実績原価と呼ばれる性格なるものである。この実績原価は,大別して直接原価,間接原価として捉えることもできる。さらに直接原価は,直接労務費と直接作業時間などに細分化し定量化されるのである。
 従って,これら費用発生項目は,「仕事(作業)をやって見たら,これだけかかりました」という性格のものであることから,企業が次の目標に向かって進む原価検討に当たって,繰り返し性のある製品や部品ならば「昨期の実績より・・%少ない原価を目標に」という予測をたてるのに役立つ。
 しかし,既存製作品でなく新しく開発された製品や新たに受注された製品・部品については,過去の経験値や実績値なるものはなんら役立たないという結末になる。そのことから,原価目標設定にあたっては,過去の経験的,平均的な実績値の横ニラミから算定された予測値を目当てに原価企画しなければならないのである。



■実績原価データをモノサシとしたときの危うさ

上述の場合,目標原価設定上,次のケースで大きな問題となってくる。
 ある製品を100個製作するのに要した実績時間が100時間であった。更に同製品200個の追加注文があった。このとき目標とする工数は,実績からして200時間とすべきなのでしょうか。
実績作業時間なるものは,実作業時間,段取り時間,作業余裕時間,管理損失時間,作業者の能率の程度や稼働率などの総体であることから,それらのすべてが再現されれば当然200時間と設定すべきであろう。しかし,現実は,実績時間のこれら内訳についての作業条件の再現はほとんど不可能と言わねばならない。なぜならば,実作業時間は作業条件や作業方法の改善により少゛なくする努力がされ,段取り時間もニ回やっていたものが一回で済む場合もある。作業者のやる気度合いにより能率も上がれば下がりもする。こうした要因なと゛から200個製作するのに150時間になるかも知れないし,250時間になるかも知れない危険性をもっているのである。
 同一製品を製作した場合でさえこうした事象であることから,類似品の横ニラミ予測や製作したことのない新規製品の製作にあたって,実績時間は次の原価目標にはほとんど使えないと解する方が賢明である。ましてや,類似品の平均とか,業界の平均,他社数十社の平均などというベース「工数や時間」なるものを原価目標の計算ツールとして扱うことは経営管理上,危険極まりないことである。
 なぜならば,どこかで施行された実績平均なるデータは,そのサンプルデータ数と内訳からして時勢に応じた維持管理(メンティナンス)やその裏付けとなる作業条件や作業方法の客観的証左がほとんど不可能であるために,客観コスト基準(ものさし)として説得あるデータとならないからである。
 特に,実績収集サンプルデータ数が多ければ多いほどコストデータの更新(メンティナンス)は事実上不可能となる。あえてメンティナンスしようとすると非科学的な係数処理法でやるしかない。その場合,限りなく主観性が強く反映されることとなり早晩データの陳腐化はいなめない。せっかく作成されたコストテーブルが陳腐化してしまうという現象は,まさにこうした現実を物語るケースが支配的なのである。
 さて,それならばどうしたら良いものか,という上述の数々の事柄について経営管理面から理路整然と理論体系化したものが,コストエンジニアリング(コスト工学)であり,次に述べる「標準コスト理論」の考えである。



■コストについての理解

 生産期間には無関係に製品を作る以前に当該製品でいかに利益を上げるか、どのようなコストの割付けをすれば利益が上がるのか、経営努力の目標とすべきコストは一体いくらなのか、市場に投入するコスト水準はどうあるべきか等々といった事柄に対して、機会損失を未然に防止し収益を最大にする科学が原価思想にとって代わる「コスト理論」である。
これら、収益確保のためのコスト概念は、「標準コスト理論」ともいわれ、設定にあたってのルールを簡単に述べると次のようになる。
 1.材料費の扱いについては、現在の原材料市況で調達した場合のを時価をもって評価して
   良い。
 2.材料の使用量については、その製品を作るにあたって、もっとも経済的加工可能な使用量
  を設定し評価してよろしい。
 3.作業時間については、作業の現状に関係なく、合理的な作業条件の設定から求められた
  標準時間をもって評価して良い。
 4.加工費率(賃率)については、工程別、機械能力別に発生する費用で評価してよろしい。
 5.設備機械は、現在の市場購入価格をもとに定額法で評価して良い。
 6.耐用年数は、物理的に使用可能な経済耐用年数を設定し評価して良い。
 こうした前提条件の上で、まとめられたものが未来原価あるいは「かくあるべきコスト」と呼ばれ、管理の目的は企業内管理に活用される性格のものである。
こうした「コスト理論と思想」は,原価の考え方とその基本ルールや目的が根本的に違う特筆すべきことであり,これらについて明確な区別認識が理路整然とされて初めて正しいコストを語ることができるのである。

 上述の管理目的と前提条件の上で具体的に設定構築されたものが「コストテーブル」なる概念であり,原価計算のルールで作成される財務諸表にあたるものである。この財務諸表が各企業でそれぞれ違う事情をとりまとめたものであるのに対して,「コストテーブル」は,「標準コスト理論」というルールを設けてワークセンター(工程や機械設備など)を中心にその合理性,客観性を捉えていくのである。
 従って,「標準」と定義されそのルール上で作成された「標準時間テーブル」ないし「標準コストテーブル」は,それぞれの企業事情にまったく関係なく「かくあるべき」という思想のもと顧客が要求する市場コスト競争原理を反映しつつ,客観的な科学に支えられ作成される筋合いのものである。経営管理における「第二のものさし」と呼ばれる所以である。
 こうした「コスト理論と科学」について,その合理性を極めた上で設計構築された技術体系をコストエンジニアリングといい,どこかの作業現場の施行事実統計や数十社の平均だなどと言った加工データをもって「コストエンジニアリング」とは言わないし「標準」とも言わないのである。


  

「与那覇三男・著 標準コスト算定技術マニュアル」より抜粋